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FOOL's Diary
占い師のぼやき(^^;


(2007/09)


 真夜中・・・。

 遠くに朧な月が眼を開いて浮かんでいる。

 ガレージのシャッターを、音が立たないようにそっと開け、シートに滑り込む。 イグニッションキーを捻り、静かに闇が支配する世界へ滑り出した・・・。

 何かが体の中で吼えていた。

 それはまるで、(はらわた)を貪り喰おうとする獣の唸りのように聞こえる。

 2速、3速とシフトを操作し、アクセルを蹴り込んで周囲の景色を後ろへ飛ばし、風になった。

 そう、俺は向かっているのだ。

 闇の中に浮かぶ唯一の月のような、「あの場所」へ。

 タイヤのノイズはドリフト音へ変わり、高回転のエンジン音とマフラーから響くエグゾーストだけが街に木霊していた。

 どれだけ走っただろうか。 それは、目の前に突然現れた。

 車を止め、ガラスのドアを開けて吸い込まれた・・・。

 俺は、思い切って口を開いた。














 牛丼、特盛りで。(笑)

 そうなのだ、鑑定が終わった深夜3時、吉野家へ・・・。

 だって、だって、ハラ減ったんだモン。^^;
小田原にて

2007/09/27(Thr)


 秘密だ。

 トニカク秘密なのだよキミタチッ!

 まさか昨日の祭りで音楽やってる若者を見て、10数年前に買ってドレミファソラシドと童謡が吹けるようになったテナーサックスを引っ張り出してきて、磨いた上でリードを削ってセッティングして吹いてみたとか、ネットでジャズサックスの楽譜を探し、レフトアローンとかテイクファイヴなどをダウンロードしてみたとか、練習は小田原の山奥でしようとか・・・。

 まあ、トニカク秘密なのだ。

 うーん、買った当時はたまに引っ張り出して吹いたりしていたんだけれど、音が大きいから、だんだんとエレキギターとかハンドロールピアノを出すようになって、サックスのケースはヘアスプレーや櫛を置く台になっていた・・・などというコトも秘密だ。

 考えてみりゃあ、フォークとエレキのギター2本、テナーサックス、ハンドロールピアノ、ハーモニカ・・・何だかんだ楽器を持っているなあ。 
小田原にて

PS.白いギターは、今はもう無いぞ。

2007/09/25(Tue)


 今日も連続で祭りに行ってきた。

 昨日の産業祭りと同じ会場なんだけれど、今日は骨董市と屋台と音楽ライブだったさ。

 今回の音楽ライブは「小田原ミュージックストリート」と銘打っているだけに、市内数箇所の繁華街にストリートミュージシャンが多数出ていたり、地下街ではママさんコーラスが北原白秋作詞の歌を歌っていたり、祭りの舞台でバンドが歌っていたりしたんだわ。

 中には耳に残る歌もあってなかなか面白かった。
 会場に向かう道すがらには、サックスのおっちゃんがいたり、太鼓のにーちゃんやウクレレのにーちゃんがいてさ、皆も群がって見ていたよ。 中でも写真のバンドのにーちゃん達がなかなか良かった。(「MONO」と言うバンドらしい。超マイナーバンドなのでWebSiteは無かった)

 今回集まっていたストリートミュージシャンやバンドやシンガーソングライターもピン〜キリまでだったようで、ハズレの演奏や歌になると客が霧のようにいなくなる現象が・・・。

 まあ次回はちゃんと演奏させたり歌わせたりして決めるとか、企業の協賛を募って高額賞金を出す代わりに全国公募のオーディションからコンテストまでを開催するとかしたほうがいいのかもしれない。

 なんつーか、祭りで三曲心に響かない失恋系の歌を自己満足で歌うとか、イキナリくねくね声で音を外したレゲエを歌うとか、あまりにも〜〜(差別用語なので書けない^^;)なのに自分の世界に浸りきった恋愛系のギター弾き語りとか、そういうのは流石に勘弁してくれ。^^;

 小田原の祭り企画も段々と面白くなっていくなあ。
小田原にて

2007/09/24(Mon)


 小田原の二の丸広場でやっていた産業祭り会場に行ってきたよ。

 昔は産業祭りっていうと、おおよそ日常的には「そんなのカンケーねえ」的な展示即売会の会場となっていて、はっきり言って一般ピープルが行っても面白くなく、小田原土産物店の店主や小田原の企業と取引したい商社員が来るような寂れた集まりだったんだわな。

 でもさ、なんだか最近の小田原では、こういう「元コジンマリした祭り」が急速に発展し、踊りあり・屋台あり・産業展示あり・歌ありのちょっと大きめの祭りになってきたんさ。

 んでね、まあ、オイラも祭りの屋台食が好きなモンで、またもや買い食いに行ってきたってワケよ。

 今年の産業祭りは盛況で、去年よりももっと人が出ていてさ、地元の高級ホテルのカレーとか、美味しいと言われている店の料理も屋台で出店していたよ。

 相変わらず、その会場で「牛串・焼きそば・お好み焼き」の定番をゲットし、相田酒造の「火牛」を飲み干し、「かき氷を一気に食ってヅ〜ン♪と頭痛」という醍醐味を味わったさ。

 あーまた祭りがあったら行こう。
小田原にて

2007/09/23(Sun)


〜昨日の日記の続き〜

 あまりのショウゲキテキジジツに、肩を地面に落とし、目の幅のナミダを流して絶句したオイラだが、そこはいつもの立ち直りの早さが幸いして5秒で気持ちを切り替えた。

 そうなのだ、まだ東照宮を制覇していないのである。

 まるで「ビシッ!」とでも音がするよーな気合を入れ、またもや続く石段へと足を踏み入れた。 途中に人を乗せる籠が置かれていたけれど、これはどーやら雰囲気作りと写真撮影用のものであったようで、楽ができるよーなシロモノではなかったさ。

 そういえば少し登った所に馬屋と家康公の手形があってさ、オイラも手形に手を合わせてみたんだけれど、小指が結構長かったっけ。 ちなみに手相を見たら、天下統一の横一本線がしっかり出てた。(笑)

 それからさらに舞台の横を通って奥へ登ると、やっとこさ本殿へ到着。 そういえばこの本殿、去年に漆の塗り替え工事をしたとのコトで、オイラが行った時は綺麗な状態であった。 どうやら50年に1度塗り替えられるらしい。

 本殿そばには大きな蘇鉄が植えられていたんだけれど、その根元にこんな案内書きを発見。 オイラが登ってきた段数に息を呑んだよ。^^; 長い石段だとは思っていたけれど、やっぱしこんな段数だったのね。 ちなみにオイラの家の1Fから2Fまでは15段、階数に換算すると79階分になるのだろうか・・・。

 案内書きでは「御廟まで後40段」と書いてあったので、当然最後まで完登したオイラであった。

 膝は「笑う」を通り越して「爆笑」である。 ああ!日本平からロープウエイでくるルートに気付いていれば・・・。

 しかし、しかしである。 登ってしまったモンは、降りなければならない・・・。 オイラはその事実に気付いてしまったのだ!!

 とりあえず売店でペットボトルの水を2本買い込み、またもや目の幅の涙を流しながら下山したのであった・・・。

 まあ、下りは少し楽だったコトと、着替えとシーブリーズを持ってきていた用意の良さがオイラを救ったと書いておこう。

 気を取り直して車に乗り込んだオイラは、次の目的地である登呂遺跡に向かって車を走らせた。

 この登呂遺跡は、縄文・弥生時代の文化に触れ、考古学的な見学のできる場所である。

 「おお!竪穴式住居だあ・・・」

 一応、考古学的な感動を言葉にしてつぶやいてみたが、藁葺き屋根が地面からアメリカインデアンのテントのよーになっているということで、想像以上のものではなかったりする。 ちなみに、高床式倉庫の足についているネズミ返しにも言ってみたのはデフォルトであろう。

 オイラが行ったこの日は、残念ながら博物館が改装のため休館しており、竪穴式住居2棟と高床式倉庫2棟しか見る事ができなかった。 ちなみに駐車場料金は、全て見られる時と変わらず400円、ちょっと損した気分であった。^^;

 そういえば近くの土産物店では、「埴輪」のお土産が売られていた。^^; い、いや、オイラは買わなかった。(笑)

 竪穴式住居見学という中学生の遠足のよーなイベントを終えたオイラは、車に乗り込んで今日の締めくくりとなる日本平へ向かった。

 あー、そうなのだよ、あの、日本平である。 ちなみにロープウエイには乗らない・・・。(泣) 勿論、膝は爆笑中である。

 日本平に着いた頃は夕方17時、空は晴れ渡り気持ちのイイ状態になっていた。

 展望台に登り、今日観光してきた三保の松原や清水の町、そして富士山を見た。 この日の富士山は、笠を被り、周囲に雲を着込んでいたんだけれど、思ったよりも綺麗に見えた。

 展望台のベンチに座ってタバコをゆっくりと吸い、車に戻って帰途へ。

 途中、東名高速を小田原に向かって走っていたら、背中が夕焼けていた。 まあ、こんな風な観光も、それはそれで良かったなあ。
小田原にて

2007/09/17(Mon)


 行ってきたのだよ静岡へ。

 「京都へ行ってきた」みたいなインパクト感は無いが、たまにはどこかへ行って写真を撮りまくってみたかったのよ。

 今回も相変わらず「三保へとりあえず行ってみて、んでもってその周囲を時間によってテキトーに回ってみる」的な思い付き紀行であるコトは言うまでもない。(笑)

 まあ、実際に今になって振り返ってみたところ、三保の松原で天女の羽衣を拾って、んで久能山で家康公と語らった上で、登呂遺跡で縄文人の生活を見学して、最後に日本平で羽衣を使って昇天する・・・というアホな計画であった。

 そんなワケで、出発前日とゆーか夜中の二時、ガンガン鳴っている電話をマナーモードへ切り替えて、静岡県清水市のホームページから観光情報を印刷してソッコーで夢の中へ入って気力体力充実したオイラは、朝八時には箱根を越える車中の人となったのであった。

 オイラの家の位置から言うと、わざわざ東名高速の大井松田ICから行くよりも、箱根を軽く流して沼津ICからアプローチしたほうが、西へは近いんで、山の景色を見ながら・・・・・・・・・・小雨で濃霧だった。(T_T)

 「や、やべぇ、せっかくのお出掛けなのに雨なんて!!」

 と、思ったのも束の間、「行楽地晴れ男の呪詛がかかっていて、行楽地に行く時には雨が降ってくれない」オイラの頭上では、どこかから風が吹いて雲がどんどん流れ、三保の松原に着いた頃には、晴れ間の覗く天気となったのであった。

 車を降りたオイラは「まずは天女様の羽衣をゲットするだ!」と無意味な気合を入れ、三保の松原へ続く石段を登る。 石段の途中には万葉集や古今和歌集などで詠まれた 様々な和歌が松の中にあり、平安の昔から松原越しに富士を望む絶景として親しまれていたことが分かる。

 羽衣の松は、その松原の中ほどにあり、言われてみれば枝振りが何かを引っ掛けるよーな形状に広がって天へ伸びている。 言うまでもないコトだが、天女は用事があって降りてくる予定を取り止めたらしく、今日はいなかった。(ウソウソ・笑)

 羽衣の松で天女に会えなかったオイラは、そのまま砂浜を散策。 オイラの頭上は晴れていたんだけれど、残念ながら富士山方面は雲があって、松原越しの富士山を見ることはできなかったよ。

 その後、今回一番行きたかった海洋科学博物館へ。 ここは三保の先端、東海大学社会教育センターの中にある水族館というか、海洋に関する様々な研究をしている機関なのだ。

 この中には海洋の生物を飼育研究する水族館施設や、海洋生物の動きを真似たロボットなどを作ったりしていたり、海洋研究などをしていて、水族館としては小さいけれど、なかなか勉強になる説明があるんだわ。

 オイラが行った時は、クラゲギャラリーとクマノミ水槽がデビューしたとかでなかなか盛況だったよ。

  

  

  


 海洋科学館でサカナクンになってしまったオイラは「ギャひー♪」と心の中で叫んで、マネをしてから車に乗り込んで久能山へ向かった。

 久能山東照宮はWebSiteによると徳川家康公が亡くなった時に遺命により埋葬された場所で、その後、日光へ改葬され、現在の日光東照宮ができたんだわな。

 んでね、石垣イチゴ狩りが有名な地域の上り口に着いたオイラは、まず上を見上げてその高さに絶句した。 そう、山がスゲー高いんだよ。 ん〜何というか、サンシャイン60を下から見上げた感じ? 一応、入り口の土産物店のオヤヂさんに聞いたら「みんなイチゴ狩りした後に軽やかに上っていくよ〜♪」なんて言うモンだから、覚悟を決めて第一歩を踏み出したのであった・・・。

 何も考えず、ただ黙々と石段を登る。 一段、二段・・・。 何故登るのかと問われ、「そこに山があるから」と答える段階はとうに過ぎ去り、ペットボトルの茶を一口含んで登る。 うーむ、昔の修行僧とかは毎日ここを登ったんだろうかと思いつつ、木陰で休み、容赦ない陽射しの照りつける九十九折り(つづらおり)の石段を一歩一歩登る。

 あーそうなのだ!! 見事に土産物店のオヤヂに騙され(?)、オイラは苦行のような石段を登って行ったのだ。 途中、下界を見ると、オイラの乗ってきた車は塵のよーな大きさ(矢印先端の辺りね)で、着ていたTシャツは汗でズブ濡れ、顔は真っ赤で湯気が出ていた。

 しかしなのだよ諸君。 どんな状況になっても文句を言わず最後までやり切るコトに決めているので、土産物店のオヤヂを呪いつつ、山門まで登りきったのであった。 自分で自分を褒めてあげたいと思うのは、こんな時なのだろうか。 タオルを持っていてよかった。

 と、普通であったならば、「爽やかな汗をかいたな〜」というコトになるんだけれど、久々にオイラはドジっ子属性が自分にあることを痛感してしまったのだ!!

 そう、実はこの久能山、隣にある日本平とロープウエイで繋がっており、日本平に行ってロープウエイで汗をかかずに来るというルートが・・・。 そう、オイラは汗を滝のよーに流しながら石段を登るハードなルートを選んでしまったのであった。(号泣)

 ちなみに登りきったオイラの手の指は脱水気味でシワシワ、マユゲには塩の結晶がついていたさ・・・。

 -----------------明日の日記へまだまだ続く。
2007/09/16(Sun)


 行ってきたよ静岡〜。

 結局、三保の松原〜海洋博物館〜久能山〜登呂遺跡〜日本平と回って帰ってきたさ。

 写真も200枚ほど撮っちゃったから整理して吟味しないといけないし、今日のところは疲れてもいるんで、ここに書く大将放浪記は明日辺りってコトでヨロシクね。
小田原にて

2007/09/15(Sat)


 明日は三保の松原へ行って来るよ。

 そうそう、あの天女が舞い降りたってな伝説がある、静岡県清水市の松原だ。

 松原や羽衣の松や東海大の博物館を見て、その後に時間があれば、近辺の日本平も攻めてこようと思う。

 んなワケで、今日は早寝するんでヨロシク。
小田原にて

2007/09/14(Fri)


 ひっさびさにコッテリ醤油系ラーメンを食ってきたのだ。

 あーそうそう、小田原系と言われるトンコツ醤油で、豚の背油のたっぷりかかったラーメンのコトだ。

 いや〜、あのカン水の入った麺の香り、トンコツ醤油、微妙に混ざったトリガラのコク、そして背油の風味、オイラを狂わせるとまでは言わないが、コッテリラーメンは汁まで飲んでしまう魔力を秘めているに違いないっ。

 あ〜ラーメン美味かったなあ。
小田原にて


PS.だから前から言っているとおり麻じゃなくって福だって。 福で上げて麻で引き継ぐってのが元々の構想だろ。 
2007/09/13(Thr)


 屋上の温室に実っているプリンスメロンからいい匂いが漂ってきた。(9/5写真の左奥のメロンね)

 いつ完熟しても良いようにネットをかぶせ落果を防ぎ、果実の茎元に出る収穫サインと黄変を心待ちにしている。

 しっかしメロンてーのは良い匂いだよねえ。

 アンデルセンメロンやマルセイユメロンに比べてイマイチな膨らみ具合だけれど、カンドーモノの香りだ。
小田原にて


PS.何だよ安倍!コドモかっ!
2007/09/12(Wed)


 ニュースを聞いているとムカつく問題が報道されている。

 あーそうそう、アレだよ、年金横領問題だ。

 うーん、この問題の時効を撤廃する法案ってのを速攻で出して可決してくれねえかな?

 ついでに重大重要犯罪時効撤廃法案と、公務員特別背任罪(公務員・嘱託員・議員含む)ってのをサクサク提出して可決してくれたら、今の政府の支持率が短期的には2〜5%上がるだろうし、長期的にもそういう良いコトを複数続けてくれれば、オイラも次の選挙で「小選挙区自民・比例代表自民」と書いてあげよう。

 前から思っているのだけれど、公務員の横領などの税金を対象とした犯罪は、時効は当然撤廃し、通常の横領などより多めの刑期を科すべきではないだろうか? 心情的には、実名報道及び市中引き回しの上で強制労働で回収し、国外追放したいが、まあ、そこまでは哀れなので控えるとしても、時効無く捕まえて償って欲しい。

 そもそも時効を設定し過ぎているのではないだろうか。 警察または検察の負担を軽減する為の錦の御旗として存在する時効だが、ただ単に犯罪者にだけ美味しい制度と成り下がっている。

 せめて重大犯罪は「時効」を「ただの捜査終了」とし、罪自体は消さず、後でその犯罪が分かった場合はしっかりと裁くように法改正すべきだと思う。

 「時効ファックユー!」である。
小田原にて

2007/09/10(Mon)


 んー、台風なワケよ。

 だから何だと言われると、何でもねぇんだけれど、このイキオイと方向では、小田原の上を中心が通過する感じだ。

 ウチの屋上へは危なくて上がれないので、ただただ、メロンの無事を祈るのみである。(しっかりと綱を張って暴風雨対策済みだけどね)

 こんな時は、雨が洗う窓から外を眺めながら麦茶を静かに飲んで、外を歩く人の傘がラッパになる場面を探すってのが正しい台風の過ごし方だよね。^^;
大雨洪水土砂災害暴風波浪警報の
フル装備警報が出た小田原にて

PS.昨日起こったこの事件だけれども、オイラも「よくやった」に一票。

 「拳骨」ではなく「ただの平手打ち」で済ませているところが、「酒に酔っていても警官は武道の有段者なので程度をわきまえて叱っている」と分かるので、寛大な処置を願いたいところだ。

 そもそも学生がピストル型ライターを私物として持っていて人に向けて遊んでいる時点で取り上げていいと条例制定すべきであるし、悪いことをした自覚無く反論し、トラブルになった上にマスコミで流れるなど言語道断ではないかと思う。 プライベートタイムの警官に確保された上で通報されて補導という状態にならなかったのは、この警官が寛大だと考えるべきである。

 少なくとも「人に迷惑をかけない教育または躾」を親がして欲しいものである。
2007/09/06(Thr)


 メロンメロンッ!メロンなのだ。

 読者の諸君も知っている通り、ウチの屋上温室にはメロンが水耕栽培されている。

 今年の春、種から芽を出して現在まで、全て水耕栽培似て管理しているんだけれど、先月のモノスゲー暑い時期を越えたら、とたんに着果しはじめたんだわ。

 この写真を撮ったのは8/30で、これ以降も受粉し着果し続け、マスクメロンには、あの特有の傷が出来ながら肥大し続けている。

 このペースで行くと、メロンは近所に配れるぐらい収穫できるかもしれない。

 うーん、あのメロン食った後の独特の違和感を喉に感じ、「もうメロンは食いたくねえ」ぐらいに言ってみたいもんだ。(笑)
小田原にて

2007/09/05(Wed)


 収穫だっ! 収穫なのだ!

 あーそうそう、今週末辺りの収穫が予定されていたウチのブドウ@デラウエアを、今日、チョッキンと収穫してみたのだ。

 収穫前、試しに一粒もぎ取って味わってみたワケよ。

 うおっ、激甘だっ!

 そう、とうとう今日、収穫時なのだ。

 2005年に植えたデラウエア、思えば長い年月であった。(泣)

 消毒、剪定、殺虫、粗皮剝ぎ、肥料、オイラの持っている知識を全て使って木を太く育てること2年…。 時にはスズメバチを追い払い、袋をかけて野鳥から守ったコトもいい思い出である。

 一房一房、やさしく鋏を入れ、感謝しながらザルに置いた。

 収穫初年度というコトで花房を間引いたし、房のサイズもスーパーで売っているようなデラウエアの半分でしかないが、モノスゲー嬉しい収穫だったよ。

 多分、来年はこれだけではなく、ヤマブドウやマスカットやルビーオクヤマなんて品種も実るだろうが、一番初めに実ったブドウの味は忘れられないものとなったよ。

 思えばオイラの子供の頃、贈答品を除いて食卓に上がったブドウはいつもこのデラウエアだったっけな。
小田原にて

2007/09/01(Sat)

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[ 管理者:FOOL 著作:じゃわ ]