FOOLの大将放浪記(19)「八重山諸島竹富島絶景旅」(オマケ付き)



八重山諸島 竹富島絶景旅
 八重山諸島旅行の四日目は、竹富島観光をしてきた。

 相変わらず前日に居酒屋で酒を飲んで早寝したんで、この日も早起きだった(笑)

そーいえば、石垣島を中心とした八重山諸島への今回の撮影旅行は、石垣島から他の離島に行く船が頼りになるため、石垣島の同じ宿に長逗留していく方針を採ったんだわさ。まあ、離島同士の連絡船は漁船以外無いし、島民も石垣島離島桟橋を利用して移動しているらしいんだよね。つーことで今回も宿からバスで出発し、おなじみの離島桟橋からスタートしたのだ。

 竹富島は人口303人・牛349頭・家猫40匹・野良猫多数・ハブ存在で、面積は5.42k屬箸いΑ⊂じんまりとした島だ。今でも古き良き八重山の風景の残る場所になってるさ。

 船から桟橋に下りると、そこには牛車観光の送迎車が迎えに来ててさ、フリーで行ったオイラも牛車に乗ってみたかったんで、そのワゴン車に乗り込んだよ。ワゴンはそのまま出発して、集落の新田観光へ。

 受付で1000円を支払い、牛使いのジーちゃん操る牛車へ、ソッコーで乗り込んだのだ。西表観光の由布島でもそーだったが、実はオイラ、こういうのって一番前に乗りたいんだよ(笑)だって一番前だったら景色もビシバシ撮り易いし、牛使いのジーちゃんの話もよく聞こえるぢゃん。そんな事を考えているうちに、牛車はジーちゃんの巧みなハンドル捌き・・・じゃなかった、牛捌きでゆ〜っくりと動き出したのであった。

 ジーちゃんの説明によると、今回の牛車を引く水牛は「紫式部」という名前だった。ただ、その呼び方をしているのはジーちゃんだけで、他の人は「メアリー」と呼んだり「みちこ」と呼んだりで、実は、各、牛使いの自由に呼んでいるらしかった(笑)

 そんな話が終わると、牛使いのジーちゃんはオモムロに蛇革三味線(三線)を取り出し、沖縄民謡を弾き語りしながら島の中心部を案内してくれたのであった。ただ、この牛車は、普通にあるバスツアーのように土産物店へ行ったりせず、島の集落の見所を牛車で解説してくれるんで、この後にチャリンコで観光するのにとっても役立ったよ。

 そして牛車は一回りして元の場所に戻り、オイラはそのままそこでレンタサイクルを借りて、ママチャリでの竹富島観光へ出発した。

 赤い郵便ポストに懐かしさを感じながら、まず向かったのは、喜宝院蒐集館だ。ここは日本の最南端にある寺院「喜宝院」の先代住職が集めた古民具や島の歴史などが展示されているんだけど、OPENと同時に中に入ったモンで現住職と話すことが出来た。住職は近代沖縄地方で起こった事をいろいろ話してくれ、他に誰も来なかったんでじっくりと話を聞けたよ。そして話が終わり外に出ると、路地には黄色い曼珠沙華が咲いていた。

 その先に向かったのは西桟橋だ。青い空と青い海に突き立ったようなこの桟橋は、静かな海を感じさせてくれる場所だった。ガイドブックによると、夕暮れの名所らしい。しかし夕暮れじゃなくても、ここに座って海を見ると時間を忘れてしまいそうな桟橋だった。

 そのままチャリで海沿いの道を走り、次に向かったのはコンドイビーチだ。膝丈の短パンを少しまくり、思わず海に入ってしまうぐらい綺麗だったよ。足元には小魚が沢山泳いでいてさ、砂浜にある木陰に寝転んで、しばらく昼寝をしたよ。

 んごー、んごー!んごー!

 久しぶりに自分のイビキで目覚めるという恥ずかしい真似をしてしまったオイラは、これ以上ここで寝ていると、騒音公害をこの静かな島に巻き起こしてしまいそうでイケナイと思い、スバヤク次の目的地へチャリをカッ飛ばした。(苦笑)いやー、オイラ鼻腔の構造が悪いのかどーかは知らんが、熟睡してしまうと、たま〜にイビキかくんだよね。これが元で、顔に濡れタオル乗せられた経験を・・・してないんだけど、まあ、アレだ、普段は首の角度に注意して寝ている。(笑)

 ま〜そんなこたぁどーでもいーんだけど、次に向かったのはカイジ浜だ。つっても雑誌のヤングマガジンで賭博黙示録してるヤツがいるワケではなくてさ、星砂の浜辺の事よ。みんなしゃがみこんで掌に砂をのせて星砂を見てたよ。オイラもみんなと同じように星砂や太陽の砂を探したんだ。


 物の本によると、星砂は岩の砕けた砂と違い、有孔虫ってプランクトンが死んだものらしい。有孔虫は、古生代初期(約5億7千万〜5億年前・カンブリア紀)に出現した代表的原生動物なんだけんど、現在も水質が綺麗な地域の海洋や汽水域に生息しているらしい。つまり、八重山諸島に星砂の浜が多いって事は、それだけ海が汚染もなく綺麗なんだろうね。他にも違う種類の有孔虫の死骸が鳴き砂の浜なんてに多いらしい。

 そこからまたもや移動し、逃げた牛が作ったっていう伝説のンブフルの丘を見て島の中心部に戻り、島の集落の写真をたくさん撮ったよ。

 竹富島の集落の中心には、なごみの塔っていう全体を見通せるコンクリート作りの展望台があってさ、FOOLと煙は高い所に上るっつー話どーり、つい上ってしまった(笑)
 天辺の高さ24mへ上る階段は、一段が縦幅15cm*横幅40cm*高さ20cmぐらいの幅しかなく、尚且つ50度以上の傾斜でさ〜、スゲー怖かった(笑)一段滑ったら、お陀仏な感じで、他の観光客が怖気づいて断念してたよ。ただ、ここから見た島の風景は、まさに「絶景」っていう感じで、赤瓦の屋根、琉球石灰岩を積み重ねた石垣、真っ白な砂の道が高コントラストで迫ってきたよ。なんでもココは昔、島の連絡事項をメガホンで集落の人たちに知らせる為のものだったらしい。

 そんなこんなで八重山諸島竹富島の観光は終わりを告げ、新田観光の車で港に送ってもらい、石垣島への帰途に着いたのであった・・・。


 〜 おまけ 〜
 八重山諸島(5)サラバ八重山の巻

 とうとう、八重山諸島での最後の日だ。

 ナニゲにこの数日健康的な生活をしているオイラは、またもや朝の六時に目が覚めた。飛行機の時間が昼の1時ということもあり、今日は、ほとんど移動日といっても過言ではないだろう。

 しかし、たとえ半日であっても時間は貴重なので、今日のタイミングでしかありえない何かを求めて飛行機までの間に観光してみようと思い立った。つってもただ単に暇潰しで土産物屋とその近辺の観光スポットの散策って意味なんだけどね(笑)

 石垣市街地へ到着したのはAM9時だった。土産物屋に入るにしては早い時間だったので、とりあえず観光に向かったよ。

 まずは「宮良殿内」だ。ここは、1819年に八重山の頭職(役人)宮良親雲上当演(みやらぺーちんとうえん)が首里の士族屋敷をまねて建造したって話の建物で、当時としてはやけに豪華だったらしく、琉球王朝にムカつかれて、5度にわたって取り壊しを命じられたんだけんど、その都度、バックレて現在に至る建物だ。

 地図を頼りに向かい、到着したその先は、フツーの民家の中に混じるようにして存在していたよ。一瞬見落としちゃったんだけど。朝早過ぎたのかどーなのかワカランけど、観光客は誰一人いなくてさ、一瞬戸惑っちゃったよ。

 中に入ってみるとオバーちゃんが一人、留守番のよーに居てさ、拝観料を払って入ったんだけど、国の名勝に指定されている庭は、時期が悪かったのかイマイチよく分からない風情で何かガッカリしてしまった。一応、縁側に座ってじっくり見ていたんだけれど、隣の家だか店だかが気になったよ。建物も重要文化財に指定されているらしいんだが、うーん、ま、まあ、そーゆー事だった。(なんのこっちゃ^^;)つーことで不完全燃焼のまま出てきたさ。

 その足で土産物屋を回り、いろんなものを見ているうちに、飛行機の時間が迫り時間切れとなってしまったよ。んでバスターミナルから空港へ移動し、ANAのレストランでまたもや八重山そばを食って飛行機に乗り込んだ。

 さらば八重山!

 帰りの機内から空の写真を撮ったら、紫外線と偏光ガラスのせいなのか、空が光って見えたよ。


(最終更新2003/11/04/Tue/12:19:37)






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