FOOL奮戦記(5)



FOOL奮戦記(5)
機…それは誰の人生においても将来を左右する。
いわば人生のターニングポイントを迎え、
ある意味に於いては今後引退するまでの大まかな方針を決める場面である。
今回のオイラの場合、商社の一般営業職から、レストラン従業員への転身であった。
結構その業界を外部から頻繁に見、外食産業自体を客としてたが、
それなりの不安や仕事面としてのハードさに正直言って気後れしていた。
しかし、状況的に転職先の社長の好意の部分も嬉しく感じており、
いつも通り仕事は倒れるまでやる決意を持っていた。
そんなこんなで転職先での新生活がスタートした…。

現在外食産業に従事されている人なら知っているだろうが、
コック・ホール問わず、ある程度クオリティーの高いサービスを提供しようとした場合、大まかなことから細かな事まで手を抜けない。
ましてや少数精鋭を語るその経営方針に添うサービスを提供する場合、
それがどんなに労働条件が厳しくなるかは想像を絶する^^;
オイラの場合本店で15日間の研修の期間に全てを覚えなければならなかったのである!

条件はある意味では熾烈を極めた^^;
しかし、自分で選んだ限り、グチは絶対言いたくはなかった。
ましては人間関係は良好な職場環境である。
その職場に慣れ、周囲に気を使い、当たり前の事を覚えようと決意していた。
恐らく人間は決意が固ければ固いほど自然な流れの中であったら驚くほどの記憶力や順応性を発揮するものなのだろう。
今回の転職でオイラはそれを実感した。

レストラン仕事にも慣れた頃、
オイラには本来の転職の時に決めた仕事が社長より割り振られてきた。

「厚木に出す支店のOPENの内容物を仕切ってくれないか?」

つまりはお店がOPENする為に必要な、
厨房からホールまでの一切の備品の選考及び発注である。
オイラの場合前の会社でその仕事は慣れていた。
発注・仕入れ・営業・仕切り値の決定・搬入・集金の全てを経験していた。
神奈川県内にOPENさせたお店の件数は100件を越えている。
仏・伊の洋食は言うに及ばず、
懐石・鰻・鮨・インド・ベトナム・韓・中・独・露なんでも来いだ(笑)
勿論仕入れの値段も売価の掛率も全て記憶している。
当時カタログは数百冊存在しており、その値段のおおよそまで覚えていた。
勿論実際の店舗での必要数とサイズや使用法も知っていた。
料理屋のOPENを手掛ける場合、上記のような知識と経験が重要視される。

オイラはすぐ取りかかりホール責任者と厨房責任者を交え品物を選定した。
そして短い期間でのOPENは出来たのである。

驚いたのはおいらの役職だった。
「ただの営業」と理解していたおいらは、刷上がった名刺を見て驚いた!
支配人
まさにビックリドッキリである^^;
よく考えてみると転職の時に社長が言ってた気がする。
オイラはプレッシャーに耐える決意をした…。

今後の運命はいかに。

to be continued

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(最終更新2003/03/01/Sat/01:25:22)






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